東京高等裁判所 平成4年(ネ)1157号 判決 1993年5月27日
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
理由
一 請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
二 控訴人の本件土地の取得経過について
証拠(甲一、三ないし六、七の1、2、八、九、一一の1、一二1、一五、一六、二二、二三、証人田川、同赤谷、控訴人代表者)に前示当事者間に争いがない事実を総合すると、次の事実が認められる。
1 破産者は、主として婦人服の小売販売を業とする破産会社を経営していたが、昭和五九年頃から経営不振に陥り、本件土地を担保に横浜銀行から借り入れていた事業資金約四〇〇〇万円についても元利金の返済を先送りするようになつていた。このため、破産者は、本件土地上にビジネスホテルを建築してその収益から右債務を逐次返済していくこととし、補助参加人にその建築を依頼したが、その資金の融資を他に頼ることが困難であつたため、補助参加人が全額の建築費を負担して本件建物を完成させた後に銀行から融資を受けることとした。このため、破産者は、請負契約の締結に当たり、補助参加人に対し、本件土地に右以外には第三者のため担保を設定しないこと及び破産者が右禁止事項に違反した場合には補助参加人が本件土地を第三者に売却することができることを約束した。しかし、破産者は、右約束に反し、昭和六〇年一二月から翌六一年一月にかけて、高利金融業者二社のため極度額合計六〇〇〇万円の根抵当権等を設定した。補助参加人は、破産者に二度にわたりその抹消方を求めたが履行されなかつたため、将来の工事代金の回収に不安を覚え、同年八月七日破産者及び破産会社に「本件土地を第三者に売却することを承諾し、売却に伴う登記名義変更に必要な書類に対する署名捺印は補助参加人の要求どおり行う」旨の誓約書に署名押印させた上、一五日の猶予を与え、その期間内に本件土地の買手を探すことを認めた。しかし、破産者は、右期間内に買主を探すことができなかつたため、補助参加人が用意した同月一〇日付けの「売買契約書並びに承諾書」と題する書面に署名押印した。破産者は、右書面において、控訴人に対し本件土地と補助参加人が建築中の本件建物とを一括して総額二億八〇〇〇万円で売却すること、本件土地の土地代金は右総額から補助参加人の立替金を控除した残金とすることを了解した。
2 控訴人は、昭和六一年九月一九日、補助参加人との間で、本件土地と同土地上に補助参加人が建設中であつた本件建物とともに代金総額二億八〇〇〇万円で買い受ける旨の契約書を交わした。右契約書は、補助参加人が本件土地を破産者から譲渡を受け、補助参加人がこれを所有することを前提に作成され、破産者は契約の立会人の資格で同契約書に署名押印したが、このような形式を採つたのは、控訴人が本件土地建物を購入するに当たり、破産者の一般債権者から何らかの法的責任を追求されることを懸念して、補助参加人が本件土地の売主となるよう要求したことによる。
3 本件土地については、同年九月九日に同年八月七日売買予約を原因とする補助参加人のための所有権移転請求権仮登記がされたが、同年九月二〇日に同登記を抹消のうえ、同月一九日売買を原因として、破産者から直接控訴人に所有権移転登記手続がされている。なお、右仮登記は、補助参加人の関与しない第三者に取得されることを防止する目的でなされたものである。
4 補助参加人代理人は、被控訴人からの照会に対し、補助参加人は破産者から本件土地売却に関する一切の権限について委任を受けて本件土地を控訴人に売却したものであり、その際控訴人の要請により補助参加人が売主になつたに過ぎないものである旨を回答している。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定事実によれば、破産者が補助参加人を代理人として本件土地を控訴人に売却したものであり、本件土地建物売買契約に関する契約書は、控訴人が何らかの法的責任を追求される場合は補助参加人がこれにつき責任をもつて処理することを約束するために作成されたものと認めるのが相当である。
三 破産者の財産状態
証拠(甲一、一一の1ないし3、一二の1ないし3、一三の1ないし10、一四、証人田川、同赤谷)によれば、破産者は、本件土地を控訴人に売却した昭和六一年九月当時本件土地の他に見るべき資産を有していなかつたこと、当時破産会社の経営は債務超過の状態であり、債権者が取り立てのために店舗に頻繁に出入りしていたこと、破産会社は同年九月一八日に第一回目の小切手不渡りを出した後、岡本秀雄弁護士に依頼して同月二二日付けで各債権者に対し債権調査に対する協力方を要請する通知書を送付していわゆる任意整理手続きを進めようとしていたが、同月二四日には二回目の不渡りを出して銀行取引停止処分を受けたこと、破産会社は破産者が妻ほか一名の従業員を使用して経営していた個人企業同様の会社であり、破産者は破産会社の事業資金調達のために親戚、知人のほか、高利の金融業者やクレジット会社から借入れをし、また破産会社が右借入れをするときは自ら保証人となつており、このため破産会社の経営悪化にともなつて破産者の債務も増大し、同月一八日の時点では破産者は合計約一億六五〇〇万円余の債務(補助参加人に対する債務を除く。)を負担していたことが認められる。
四 詐害性の有無について
1 被控訴人が控訴人に対し昭和六三年七月七日の原審第一回口頭弁論期日において破産法七二条一号又は二号に基づき破産者と控訴人との間の売買契約を否認する旨の意思表示をしたことは記録上明らかであるので、まず、右意思表示が同条一号の要件を満たすかどうかを検討する。
前記認定判断のとおり、本件土地は破産者にとつて唯一の資産であり、かつ、破産者は多額の負債を有していたのであるから、唯一の不動産である本件土地を売却し、費消・隠匿しやすい金銭に変えることは、特段の事情のない限り、原則的に破産債権者に対する詐害行為に該当するが、破産者が相当代価で抵当不動産を売却し、その代金の大部分を当該債務の弁済に充てた場合には、その部分については詐害性を有しないと解すべきである(大審院大正六年六月七日判決・民録二三輯九四二頁参照)。そこで、本件土地の売却代金についてみると、証拠(甲八、証人田川、同赤谷)よれば、本件土地建物の売買価格は、補助参加人の専務取締役田川の主導の下に、補助参加人が破産者又は破産会社に対して有する債権の全額、本件土地上の抵当債務の額及び販売手数料の総額等を考慮して二億八〇〇〇万円と定められ、本件土地の土地代金は右金額から補助参加人の立替金を控除した残金とすること等を記した前示の「売買契約書並びに承諾書」と題する書面が作成されたことが認められる。本件建物建築の請負契約代金は一億六八一七万三〇〇〇円であることは当事者間に争いがないところ、証拠(甲三、一〇)によれば、追加工事として五六四万一四八〇円を要したが、補助参加人が右契約代金中の立替利息分一二二二万九〇〇〇円の一部を控除した結果、立替利息分込みの請負代金を一億七〇二八万二九六〇円としたこと、本件土地建物の販売手数料は八四〇万円であることが認められ、本件建物が新築の状態で売買されたこと及び前示の本件土地建物全体の売買価格の定め方も考慮すると、当事者の意思としては、売買代金総額から右請負代金一億七〇二八万二九六〇円と販売手数料を控除した額に販売手数料のうち本件土地売買相当分を加算した額をもつて本件土地の売買代金としたものと認めるのが相当である。販売手数料については本件土地・建物の各売却代金に按分比例するのが適当であるから、本件土地の売却に要した分としては三一三万五一六七円となり(二億八〇〇〇万円から一億七〇二八万二九六〇円と八四〇万円とを控除した額である一億〇一三一万七〇四〇円と一億七〇二八万二九六〇円による按分比例)、結局、本件土地の売買代金は、一億〇四四五万二二〇七円と認められる。
次に、証拠(丙一)によれば、右売買契約当時の本件土地の更地価格は、一億〇四〇〇万円であることが認められる。同証拠によれば、本件土地の近隣地の昭和六一年一月の公示価格として一平方メートル当たり一七一万円(時点修正すれば、同年九月の推定価格は一平方メートル当たり一九八万三六〇〇円)の箇所があるが、本件土地は、私道の奥地にあつて、客足の流れが悪い上、接面道路幅員が狭く、容積率四〇〇パーセントの地でありながら、二四〇パーセント程度しか利用することができず、かつ、約一六パーセントの私道負担を含むことから、右公示価格から相当程度の減価をする必要があり、結局右売買契約当時の本件土地の更地価格は一億〇四〇〇万円と評価せざるを得ないのである。証人赤谷の証言によれば、破産者は、昭和六一年八月七日から九月一〇日までの間に本件土地の買主を探している際、不動産業者から本件土地を坪当たり七〇〇万円、総額三億五〇〇〇万円で売却することができると言われたことが認められるが、本件土地上には本件建物が建築中であり、かつ、現実にそのような価格による売買での買主が見つかつたわけではないので、右事実は前示認定の妨げとはならない。
そうすると、本件土地の売却は、更地価格以上でなされており、相当な価格でなされたものというべきである。
2 ところで、証拠(甲一、一〇)によれば、本件土地には、前示売買の当時、横浜銀行等のため抵当権や根抵当権の設定登記又はその仮登記がされており、登記簿上の債権額及び極度額の合計は一億三九六〇万円であつたこと、本件土地の売却代金から右各抵当債務の弁済に八二三二万円余が充てられたことが認められ、本件土地の売却代金の八割に近い金額が抵当債務の弁済に充てられたこととなるから、前判示のとおり少なくとも当該部分については否認権の対象とはならないものというべきである。そして、仮に破産者及び控訴人が本件土地の売買により破産者の債権者が害されることにつき悪意である場合には、本件土地の売買については、右抵当債務の弁済に充てられた分を超える限度のみが本件否認権の対象となり得るが、抵当不動産は不可分であるから否認権行使の効果として本件土地全部についての売買契約を否認することができないこととなり(大審院明治四四年一一月二〇日判決・民録一七輯七一五頁、最高裁判所昭和三四年二月二六日第一小法廷判決・裁判集三五号五四九頁参照)、結局、破産法七二条一号の規定に基づく本件土地の売買契約の否認による所有権の回復を前提とする被控訴人の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないこととなる。
3 次に、被控訴人は破産法七二条二号の規定に基づく否認権も行使しているが、同号は、破産者が支払いの停止又は破産の申立てがあつた後に破産者の義務に属する担保の供与、債務の消滅に関する行為その他破産債権者を害する行為をした場合において、破産管財人が当該行為を否認することを認めた規定であつて、破産者が支払停止後にその所有不動産を売却することは、右売却行為を同条一号の規定に基づき否認する際の、破産債権者が害されること及びこの点についての悪意を認定するための事情となり得ても、右売却行為は、担保の提供や債務の消滅に関する行為でない上に、破産者が既に義務を負担している債務に関するものでもないから、同条二号の否認権の対象とはならないというべきであり、被控訴人の右主張は失当である。仮に、不動産の売却行為も同条二号の否認権の対象となるとしても、前示のとおり破産会社は二度にわたつて銀行から支払停止処分を受けてはいるが、破産者自体がそのような処分を受けたことを認めるに足りる証拠はない。もつとも、破産会社は破産者の個人企業同様の会社であつて、破産者が破産会社の債務のすべてについて連帯保証をしていることから、破産会社が銀行から支払停止処分を受けることにより、破産者自身もその一般債権者に対する一般的継続的な弁済をすることができないことが明らかになつたものと評価できないわけではない。しかし、仮に破産者自身も同条二号にいう支払停止の状態にあつたとしても、控訴人が破産者の右状態を認識していたことを認めるに足りる証拠はない上、前示のとおり、本件土地の売買は相当価格でされ、かつ、その売買代金の大部分は登記ある抵当債務の弁済に充てられているのであつて、本件土地の売却行為は同号に基づく否認権行使の対象とならないものといわなければならない。
五 そうすると、他に主張も立証もない本件にあつては、その余の点を判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は理由がないといわなければならない。
よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であつて本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩佐義巳 裁判官 南 敏文)
裁判官市村陽典は、転補のため、署名押印することができない。
(裁判長裁判官 岩佐義巳)
《当事者》
控訴人 株式会社 東栄企画
右代表者代表取締役 斉藤隆哉
右訴訟代理人弁護士 荒木新五
控訴人補助参加人 加藤林業建設株式会社
右代表者代表取締役 加藤誠蔵
右訴訟代理人弁護士 山田一郎
被控訴人 破産者赤谷喬士 破産管財人 石黒康仁